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沖縄の米兵事件で安保破棄を迫る人たち・2

このテーマについて2回目を書こうと思う。
というのは、沖縄の米兵事件で「安保破棄だ!」「日米地位協定があるから問題なのだ!」と騒ぐ人たちの魂のステージの高さを語るに、前回だけでは言い切れない部分があるからである。

魂のステージの高い方々は、とんでもない矛盾をしていることにお気づきだろうか?

日米地位協定が問題なのは、在日米軍の兵士についての身柄引き渡しが「起訴後」であること、そして、公務である場合は一次裁判権がアメリカにあることであって、犯罪の惹起そのものではない。これに注意しないで、あたかも日米地位協定が犯罪を引き起こすような言動をしている魂のステージが高いお方がいることに、私は極めて疑問を感じる。


刑法や刑事訴訟法が犯罪を抑止するのか?


話が逸れるが、しばしば死刑廃止論において、「死刑は犯罪の抑止力となっていない」という言動がある。これは間違いである。正しくは、『死刑が犯罪の抑止力となっていると証明できない』のである。
これは死刑に限った話ではなく、刑罰の存在が犯罪の抑止となっているかどうかは、人の心の話であって、第三者が感情を正確に証明する方法がない以上、死刑を含めた刑罰のすべてが、犯罪の抑止力となっているかどうかは、「わからない」のである。

ところで、日米地位協定の話に戻そう。
日米地位協定において定められているのは「犯罪者の措置」であって、「犯罪の抑止」ではない。刑法も、「犯罪者の措置」を定めているに過ぎず、刑事訴訟法は、刑法を適用するための行政と司法の手続きを定めているに過ぎない。ともに、直接的には、犯罪を抑止することについて何ら定めているわけではないのである。





ただし、刑法の規定は、司法関係者に対しては「この犯罪を犯した者を、この規定の範囲内で処罰する法律行為を行政に要求するように」と要求し、行政関係者に対しては、「この犯罪を犯した者を、司法関係者がこの規定の範囲内で処罰するために必要な措置を講じるように」と要求し、そして、国民には「この犯罪を犯した場合、この規定の範囲内での処罰を行うので、この犯罪をしないように」と要求しているのである。





沖縄の米兵の事件で「在日米軍の存在そのもの」に怒りを感じている人たちは、一体、何に対して怒りを感じているのだろうか?


米兵がいたいけな少女を暴行したことについて怒りを感じているのだろうか?

それについては、残念ながら、暴行犯は、そもそも「法律に従う意思がない」のだから、日米地位協定がどうであろうと、はっきり言って関係ない。在日米軍が消滅するか、あるいは米兵が犯罪を犯さないように教育、または、監視する以外に予防する方法はない。
しかし、在日米軍基地は、何も米兵が犯罪を犯すためにあるわけではない。在日米軍基地は、あくまでも日本や東アジアの安全保障を構築する意義を持っている存在であって、存在意義の消滅、あるいは、存在のデメリットがメリットを超えたときに「必要ない」ということない限りは、消滅させるのは『得策ではない』ということになる。

米兵が犯罪を犯しても、日米地位協定によって「起訴後でないと身柄引き渡しがない」ことへ怒りを感じているのだろうか?

これについては、協定そのものの改定ではないが、日米合同委員会において、起訴前身柄引き渡しについて合意がなされている。
外交文書には「交換公文」というのがある。条約の解釈や留保について伝えるときにも「交換公文」は使われるが、双方が合意すれば、条約や協定の本文が改定されなくても、「交換公文で宣言した解釈」が条文の解釈となり、法的拘束力を生じる。
交換公文とは異なるが、考え方の方向性としては、これと同じである。すなわち、日米地位協定そのものの改定はなされずとも、日米合同委員会での「合意」が、日米地位協定の「運用」としての「法的拘束力のあるもの」である。

一部に、「うるさいから、今は『好意的考慮』を払うだけで、静まれば、協定そのものは改定されてないのだから、『好意的考慮』などはしない」という、すごく魂のステージが高いお方がいるが、「外交文書」として成立しているものをカンタンに、しかも一方的に破棄できるほど甘いものではない。日本クラスの同盟国に対して、こんなことをやらかそうものなら、責任問題が避けられない失態となる。国務長官や国防長官が謝罪または発言撤回を迫られることは確実であるし、実行者が国務次官補等であれば、更迭されても不思議ではないほどの失態なのである。





これも余談だが、アメリカにおける日本の立場は、日本国民が考えているほど低いものではない。在日米国大使の地位は、アメリカ国内においても極めて高い。若手の外交官出身ならば、(必ずそうだ、というわけではないが)「次は国務次官」になってもおかしくはないほどのエリートコースであり、年寄りで在日米国大使となるのは、「議長経験者」という『米国の超大物』なのである。
これだけの国との外交文書を一方的に破棄するときは、EU諸国からの信頼も失う覚悟を決めたときぐらいである。






「在日米軍があるから、米兵の犯罪があるのだ!」と言っている人については、もはや『論外』である。これを言ってしまっては、「在日コリアンがいるから、在日コリアンの犯罪があるのだ!」と言うのと同じである。
「日米地位協定があるから問題になるのだ!」に至っては、論外どころか「小学校からやり直せ」という言葉が適切なほど愚かな思想であり、言動である。前述したように、『刑法や刑事訴訟法があっても犯罪が起こる』ことを知っていれば、「法律を守る気がない」のであれば、日米地位協定があろうがなかろうが、犯罪そのものは「起こる」のである。

「軍隊がない国を攻撃すれば、国際法違反だから、制裁を受けるはずだ」というのもいるが、国際法を遵守する気がないから、攻撃をしてくるのであって、軍隊の有無など関係ない。国連による制裁を受けるかどうかに至っては、「誰も強制することなどできない」し、「見返りを求めるのは非人間的だ」といくら言ったところで、そんなもん、聞くという保証はどこにもない。

という上記の発言は、魂のステージが低い、イラク戦争を国際法違反だと断定しない悪質な人間だから行うらしい。
どうやら、私は永遠に魂のステージが高くなることはなさそうだ。
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犯罪を撲滅するのは不可能に近いことだろう。
歴史上様々な政体で「犯罪撲滅」を目指したが、それでも達成されたことはない。それは道交法改定で飲酒運転の厳罰化でも、一時的な減少にしか過ぎないことも言うまでもないだろう。

日米安保条約を破棄したい、という意思はある程度は理解ができる。
しかし、この条約が単なる二国間条約としての機能性に限定されていないことについては、どこまで思考が及んでいるのだろうか?
 本条約は様々な問題点を抱えているのは否定できない事実であろう。しかし、日米安保条約締結以後の極東の状態を考えてほしい。
 イデオロギーボーダー(思想・信教の分水嶺)として、世界的な二大思想の前線だった極東地域は、朝鮮戦争以後は安定的である。世界的に他のイデオロギーボーダーであるトルコ近辺、ユーゴ、イスラエルなどは見事に現状でも戦火が耐えない。(イラクも同じものである)
インド・パキスタン、中国・チベットも、アフリカ諸国も同じく、イデオロギーボーダーで紛争が今も続いている。
 北大西洋条約機構(NATO)や日米安保(及び米国と極東地域の防衛協定)などはイデオロギーボーダーを抱えながら、紛争を抑えられた好例である。(このような歴史観測は不当であろうか?)
 当然、アメリカの尖兵になるような条約という批判もあるが、現状においては、アメリカは明白な国際法違反になる開戦行為は行っていない。日米の共同作戦になるものは、国連という国際社会の合意形成を経ている軍事行為しかないのである。厳密には、日本の後方支援行為は軍事行動でもないのだが・・・・
 
 頭から日米安保破棄を否定するつもりはない。ただし、破棄した後のシミュレート想定はあるのだろうか?
 そのシミュレートなしに「破棄」して、日本の安全保障が破棄しないよりも良好になる、もしくは、それよりも大きな国益を創出できる、という未来があるなら、否定するつもりはない。
 しかし、残念ながら、安保破棄のシミュレートなど冥王星は見たことがない。
 その上で、破棄の問題を論じるならば意味があると思う。残念ながら、冥王星の描きえる現状のシミュレートでは、日米安保破棄によるリスクは計り知れないものがあるからこそ、日米安保破棄に同意できないのである。
 

 

不当ではなく、短期的にはそのとおりであるとも思います。
しかし、一方で近視眼的な社会学的分析であるとも思います。
北欧など、イデオロギーボーダーであっても紛争も起きてない場所もありますしね。


条件関係として、紛争はイデオロギー対立自体がひきおこすのではなく、利害対立が引き起こすものです。
利害対立なきイデオロギー対立なのであれば、学会で議論すればいい話ですから。
むしろ、民族・宗教・イデオロギーによってたまたま分離している集団が利益の奪い合いをしているだけと見るのが正しいのではないかと考えます。
そして、そうしたことを前提に一つ一つの紛争をリアルに見ると、紛争の火種は、そのほとんどが各地の相対的に小さな利害対立に乗じてアメリカ(ないしソ連)がばらまいたものであることがわかります。

利害対立による権力どうしの軍事的な利益の奪い合いを抑制する方策については、人類は軍事同盟排除による集団的安全保障という方法を既に編み出しています。
創設時の国連憲章の中で「軍事同盟排除」「各国の平等」という制度の根幹を骨抜きにしたのはまぎれもなくアメリカとソ連です。
それはアメリカが相対的に軍事的優位に立つからこその行動であり、軍事的パワーバランスが支配する国際関係のほうがその優位を生かせるからにほかなりません。
またこれは、アメリカ(ソ連)が世界一の武器輸出国であることも大いに関係している問題だと思います。

従って、そうした土俵の上でいくらシミュレートをいくら繰り返しても、中長期的には紛争などなくなりはしません。
現実的に考えても、この先50年から100年を想定したとき、中国インドがアメリカ・ヨーロッパに伍する、あるいははるかに凌駕する経済的地位を確立していくことは大いに予想されることであり、パックス・アメリカーナに依存する極東のこの脆弱な平和など容易に崩れかねないでしょう。

旧態然としたパワーバランスからのみの発想からでは、東アジアの安定は図れません。
日本にとって、国連憲章の元来の立場に立ち戻り脱軍事同盟の国際秩序を建設することは急務です。
そのための第一歩としてまず日米安全保障条約の離脱があり、続いて東アジア共同体建設にむけた外交努力、軍事同盟排除の明文化・安保理の平等化へむけた国際運動の推進を先導すべきです。

ミケネコさんへ

コメント、ありがとうございます。

武力紛争の発生原因については、イデオロギーに限らず、利害対立のみで惹起するものではないと思います。利害関係もあるでしょうし、国内事情もあるでしょう。もちろん、宗教やイデオロギーでの対立が戦争を惹起することもあります。要するに、複合的な要素が絡みあって、武力紛争が発生した、ということです。

>利害対立による権力どうしの軍事的な利益の奪い合いを抑制する方策については、人類は軍事同盟排除による集団的安全保障という方法を既に編み出しています。

これについては、国連憲章第8章の規定があり、国連憲章も特に要請していません。むしろ、国連憲章においては、ミケネコさんが述べた軍事同盟を利用することを規定しています。

ちなみに、「軍事同盟」は2つの側面があります。
1つ目は「第三国に対するもの」であり、これは集団的自衛権の概念になる事項です。
2つ目は「同盟国間のもの」です。こちらは、「個別安全保障」と呼ばれる概念で、対外的には自衛権行使の根拠となるものですが、内部においては「紛争の平和的解決」を取り決めるわけです。NATOも日米安保も、この2つの面から見なければならない、ということです。

>旧態然としたパワーバランスからのみの発想からでは、東アジアの安定は図れません。

残念ながら、東アジアの安定は、現在のところ、その「旧態依然としたパワーバランス」で安定が図られています。従って、中国やインドといった国々が力を持つことを想定するにしても、現在の状況を前提としたプロセスを構築しなければ、一気に瓦解します。
東アジア共同体についても、現状を前提にすれば、アメリカとの関係を考慮せずに成立することはありません。日米安保も、具体的なプロセスとゴールを設定し、ASEAN諸国や中国・韓国等とどのように構築するのか、という『発展的な解消』の線で考えないと、安全保障の概念がきちんと確立できるかといえば、正直言って難しいと考えます。

利害対立のみで必ずしも紛争が起こるわけではないことはそのとおりです。
わたしが「条件関係」と述べたのは、利害対立がない純粋な概念の争いならば紛争の余地はないというまあ当たり前のことを述べたのです。お恥ずかしながら・・・・。
つまり、現代においては宗教対立・イデオロギー対立・民族間の憎悪がなくとも紛争は起こりえるが、利害の関係しない紛争はありえないということです。
例えばエチオピアとエリトリアの紛争は、昔友達同士だった頭目二人の仲たがいが直接の原因というなんとも脱力する話なんですが、二人が両国の大統領になり国土の問題や港湾使用の問題が関係しなければ二人の殴り合いですんだ話だということですね。
まあでもそれはさして重要なこととして述べたわけではないんです。
問題はこの利害の調整方法ということで。

そこで国連に関してなのですが、確かに現在の国連憲章は軍事同盟を容認しております。
しかし国連創設の根幹たる発想は、経済力・軍事力の均衡によって平和を保つという考え方への反省であり、その結論はご存知のとおり集団的安全保障方式というものです。これは軍事同盟の存在とは先鋭に対立するものです。
したがって44年8月の当初の憲章には現在の憲章51条のような条項は存在せず、二度の大戦の原因となった軍事同盟を徹底して排除したものとなっていました。
現在の憲章にこのような「異物」が存在しモザイク状態となっているのは、45年4月、当初存在しなかったこの規定を突如アメリカ(J.F.ダレス)が強引に挿入したからです。
条文を見てもらえばわかりますが、もう見るからに抜け穴として作りましたという感じですよね。
わたしが「当初の」と述べたのはそのような事実認識に基づくわけです。


そして残念ながら、まさにおっしゃるとおり、現在のところ国連の精神は骨抜きにされ、「旧態然たるパワーバランス」によって秩序が維持されているのですから、そこから出発すべきとの考えに異論はありません。
その上で、ということなのですが、19世紀的な勢力均衡方式による国際秩序という時代遅れの発想を、世界の世論によって転換する大事業の先頭に9条を持つ日本が立つ。
前述のように従来の均衡を支えた力関係が崩れようとしているこの時代、そういうパラダイムシフトへのアグレッシブな外交を9条を持つ日本がするべき時ではないですか。
それにはまず安保破棄がどうしても前提です。パワーバランスによる秩序維持構造自体を乗り越えようと主張をするわけですから。

日本の外交力がよく問題にされますが、これはアメリカに膝を屈しっぱなしであったのだからある意味当たり前です。
外交力は挑戦的な外交をするからこそ鍛えられるものですよね。
日本にはまだカードは沢山あります。あるけど使っていないのが現状です。
まだ日本が経済的な優位をかろうじて握っているこの状況は最後のチャンスであり、日本が緩やかに福祉重視の賢い国家へと転換すると同時に、東アジアにおける政治的外交的キーの位置を占めることが求められると考えています。

ミケネコさんへ

再度、ありがとうございます。

>つまり、現代においては宗教対立・イデオロギー対立・民族間の憎悪がなくとも紛争は起こりえるが、利害の関係しない紛争はありえないということです。

まぁ、「ありえない」とまで言えるかどうかは、正直難しいですね。
もちろん、利害対立がないのに戦争というのは、はっきり言って論外ですから、可能性が極めて低いとは思いますけど・・・。

>しかし国連創設の根幹たる発想は、経済力・軍事力の均衡によって平和を保つという考え方への反省であり、その結論はご存知のとおり集団的安全保障方式というものです。これは軍事同盟の存在とは先鋭に対立するものです。
>したがって44年8月の当初の憲章には現在の憲章51条のような条項は存在せず、二度の大戦の原因となった軍事同盟を徹底して排除したものとなっていました。
>現在の憲章にこのような「異物」が存在しモザイク状態となっているのは、45年4月、当初存在しなかったこの規定を突如アメリカ(J.F.ダレス)が強引に挿入したからです。
条文を見てもらえばわかりますが、もう見るからに抜け穴として作りましたという感じですよね。
>わたしが「当初の」と述べたのはそのような事実認識に基づくわけです。

ダンバートンオークス会議からの流れでのご理解ということですね。
発案者の意思としてミケネコさんのご発言に異論はないですが、「最終的に決議されたものによって、組織そのものが成立した」わけですから、果たしてミケネコさんのご発言を「国連の当初の発想」として踏まえるべきかどうかについては、微妙なところかな、と私は思います。
ゆえに、現状の国際情勢について、「国連の発想が骨抜きにされた」という認識は私は支持できませんし、国連の発想に51条と第8章の概念を含めるべきだという意見となります。

とはいうものの、本来の集団安全保障の概念に的確な発想としては、ミケネコさんのご発言であると私は思いますので、ミケネコさんのご発言自身を否定はしませんし、むしろ、『目標』として定めるべきだとは思います。

ただ、注意すべきは、現在の国際社会において、国連の「根幹の発想・精神」について同意されているものは、51条と第8章を「入れることを前提にしている」というのが現実だと思われますので、ミケネコさんのご発言を「国連の精神」とすること自体が、ハードルの高いことだという認識は必要と思われます。
もし、ミケネコさんが運動を展開なさるのであれば、心の中ではともあれ、「国連の精神が骨抜きにされた」という文言は控えておくべきでしょう。

>その上で、ということなのですが、19世紀的な勢力均衡方式による国際秩序という時代遅れの発想を、世界の世論によって転換する大事業の先頭に9条を持つ日本が立つ。
>前述のように従来の均衡を支えた力関係が崩れようとしているこの時代、そういうパラダイムシフトへのアグレッシブな外交を9条を持つ日本がするべき時ではないですか。
>それにはまず安保破棄がどうしても前提です。パワーバランスによる秩序維持構造自体を乗り越えようと主張をするわけですから。

「19世紀的な勢力均衡方式による国際秩序」が、時代遅れと断言するには、これに代わりうる国際秩序のあり方の明確な「答え」と「共通認識」を必要とします。これがない限り、時代遅れどころか、現在でも有効な概念です。
従って、安保破棄は「まず」ではなく、新秩序の確立の途上において「発展的解消」をすべきものです。これは、以前も申しましたが、日米安保体制は、日米間のみならず、東アジア全体の安全保障体制に関わる話ですので、新秩序の確立への動きが具体的にないと、「まず破棄する」と、その瞬間に東アジアの安全保障体制が瓦解する危険性すらあります。
これを言えば、「日本がまず動けばいいじゃないか」と思われるかも知れませんが、日米安保は東アジアという広域での安全保障の話ですから、「動き」というのは、少なくとも日本を含めた東アジアとオセアニアが具体的に取り組みを始めていることはもちろん、現在において影響力を有するアメリカについても、少なくとも「動きがある」という認識があることが絶対条件となります。

>日本の外交力がよく問題にされますが、これはアメリカに膝を屈しっぱなしであったのだからある意味当たり前です。
>外交力は挑戦的な外交をするからこそ鍛えられるものですよね。
>日本にはまだカードは沢山あります。あるけど使っていないのが現状です。

今現状ではリスクが高すぎます。東アジアがアメリカと対抗するように一致団結して動けばいいですが、日本が対米でカードを切ったとたん、アメリカと連携して日本と対抗しようとする国もあるぐらいですから、切るのは困難です。
ちなみに、アメリカと互角に対峙していると思われているEUにしても中国にしても、「膝の屈し方」で駆け引きを展開しているに過ぎません。ロシアにしてもそうです。ただ、EUはあれだけの規模で「表面上」ではありますが、一致団結してアメリカとできるだけ対抗する条件を整備し続けていますし、ロシアと中国は「資源」と「核兵器」というアメリカと対抗できる武器を持っているという事情があります。
日本にとっては羨ましい状態ですが、日本は日本で、今ある条件の中での最大パフォーマンスを目指すことになりますから、ミケネコさんが希望する外交については、「スタートライン」から徐々に進める以外に手はないと思います。

>まだ日本が経済的な優位をかろうじて握っているこの状況は最後のチャンスであり、

「かろうじて」じゃないですよ。(笑)日本は世界のGDPの15%ですよ。世界規模でも圧倒的な経済力です。技術立国の名のとおり、技術に至っては世界No.1の座をアメリカなどと競い合ってる状況には変わりはありません。

「中国脅威論」について、確かに数字的には、日本の高度成長期のような伸び方ですし、計算上では、日米を追い越す可能性はありますが、中国経済の「足腰の弱さ」を見れば、依然として1世代以上の差があるのが事実です。

契約の概念が乏しい国民性、貧富の格差といったカントリーリスクもありますし、賃金がとてつもなく「安い」上に労働環境が悪すぎます。日本の高度成長期は、意外に思われるかも知れませんが、貧富の格差が極端に少なく、労働環境も「悪い」わけではないのです。それでも残業が多かったのは、それだけ「人手不足」だったという事情があるのです。中国は人手が余っているにも関わらず労働環境が劣悪ですから、比較になりません。

>日本が緩やかに福祉重視の賢い国家へと転換すると同時に、

決して「軽視」しているわけじゃないですが、少子高齢化社会になれば、福祉政策の「財源」について、国民の生活のあり方そのものを転換することを余儀なくされますから、これも具体的な目標設定が必要となると思います。

>東アジアにおける政治的外交的キーの位置を占めることが求められると考えています。

結構、日本人って日本を過小評価するんですよね。(笑)
日本は東アジアにおいては、政治的外交的キーの位置を、「望まなくても」占めています。技術力、経済力、防衛力において、中国と対峙できる東アジアの国は、唯一日本だからです。ただし、そこに「アメリカ」という楔がないと、不安定になってしまう点が、非常に怖ろしい点でもあります。

なるほど。
非常に面白い。勉強になります。
徹底して現状からスタートする発想は絶対に必要ですね。
理想論は現実的でなければ力を持たない点、かなり同意です。
わたくし的には、すぐにミリタリーバランスを破壊するような形ではなく、中国・北朝鮮・アメリカとの折衝役的立場を維持しながら国内・国際世論を喚起し、世界的な軍縮への道をすすめると同時に安保破棄への条件を固めていくというかたちが最良だと思っていました。

「かろうじて」の点はあえて一般的な現状認識におもねってみました(笑)
正確な状況認識には恐れ入ります。

ただ、一つ質問なのですが、日本が非同盟中立宣言を行い、米国の日本でのプレゼンスが失われることにより発生する具体的な混乱は何がありうると予想しますか。
日本が背負いかねないリスクの項目をお聞かせ願えればありがたいです。
また、「軍事研究」誌の黒井文太郎氏は、日本への軍事的脅威の存在は北朝鮮崩壊時の核以外にはありえないとの見解を示していますが、これについてはどうお考えでしょうか。


ちなみに今日は夜更かししすぎたのでもう寝ます。明日か明後日以降にまた訪問させていただきます(笑

何度もコメント、ありがとうございます。私も非常に勉強になっております。

>徹底して現状からスタートする発想は絶対に必要ですね。

徹底してというか(笑)、現状は現状ですから、踏まえたくなくても、踏まえないとどうしようもないので。(笑)

>わたくし的には、すぐにミリタリーバランスを破壊するような形ではなく、中国・北朝鮮・アメリカとの折衝役的立場を維持しながら国内・国際世論を喚起し、世界的な軍縮への道をすすめると同時に安保破棄への条件を固めていくというかたちが最良だと思っていました。

私の発言も、ミリタリーバランスを破壊する考えではないですよ。
むしろ、ミリタリーバランスを破壊するといった、不安定要素を惹起することを、いかに防ぎつつ、アメリカのプレゼンスを弱めていくのか、ということが肝心だと考えております。
この流れの中で、日米安保を破棄しないといけない、という意味です。「最初に日米安保破棄ありき」から始めると、どうしても、タイミングを外す場合があります。従って「目標として、日米安保を解消しても、東アジアが安定している」という道を模索することが大切だ、という考えです。

>ただ、一つ質問なのですが、日本が非同盟中立宣言を行い、米国の日本でのプレゼンスが失われることにより発生する具体的な混乱は何がありうると予想しますか。

ひとつ修正すべきは、「米国の日本でのプレゼンス」というよりも、「米国の東アジアでのプレゼンス」ですね。日米安保の軸は、その方向で動きつつあり、日米共同行動もその観点に話が移っています。

本論に戻って、ミケネコさんのご発言は、2つに分けて話すべきだと思います。

1.米国のプレゼンスの消滅
やはり中国ですね。特に東南アジアと台湾における安定に懸念材料が出てくることです。台湾海峡は、アメリカのプレゼンスがかなり効いています。軍事力は、とっくの昔に台湾は中国とまともに戦えないだけの差がついていますが、それでも台湾海峡が安定しているのは、アメリカの存在です。もちろん、台湾を中国が武力攻撃したときに、アメリカが必ず介入するという保証はありませんが、さりとて、アメリカの介入の可能性を排除できない以上、中国は台湾海峡に手出しができません。
同じように、東南アジアも、南沙諸島の領有権問題で微妙な情勢が続いています。これも、日本と台湾に米軍がいることで、中国は容易に手出しができないわけです。
これが崩れることで、規模はおそらく小規模の小競り合い程度かも知れませんが、中国を軸とした武力紛争が起こる可能性は出てきます。

2.非同盟中立
アメリカでさえも、いまや1国だけで自国の防衛もままならないわけですから、「非同盟」は安全保障の観点からすれば、疑問が残ります。実際、スイスも国連に加盟したわけですが、スイスは以前から、国連にオブザーバーとして参加していましたから、「非同盟中立」と断言できる状態でもなかったのです。
また、「中立」については、アメリカだけでなく、中国や韓国、台湾といった、まさに近隣諸国との外交を根底から変更することになりかねないのですが、賽の目がどう転ぶかは、正直言って予測不可能です。ただ、現状のように軍事衝突がほとんどない状態から、小規模の小競り合い程度であるとは思いますが、軍事衝突が起こる可能性はあります。
そして、それについて、安保理が機能するかといえば、中国は拒否権を持つ常任理事国ですから、最悪、国連が機能しないで安全保障のシステムが作動しない怖れもあります。


>また、「軍事研究」誌の黒井文太郎氏は、日本への軍事的脅威の存在は北朝鮮崩壊時の核以外にはありえないとの見解を示していますが、これについてはどうお考えでしょうか。

明白な危険性のある脅威は、確かにそうですね。
中国の毎年「前年比2桁以上の割合」で増額している軍事費については、軍の近代化を画策してのことであって、人民解放軍も「リストラ」されているわけですから、直近での脅威かといえば、そう断言することはできないでしょう。中国は弾道ミサイルも核兵器も持っていますし、海軍力も空軍力も増強していますから、潜在的脅威ではありますが、「明白かつ現在の危険」という観点でいえば、それは否定されると私は思います。

お返事、ありがとうございます。
ってわたしは勘違いをしていたようですが、お答えくださっている冥王星さんはここのブログの管理人さんではないんでしょうか。
もしそうなら管理人さま、勝手に議論をはじめてしまい、ご迷惑をおかけしました。


>「目標として、日米安保を解消しても、東アジアが安定している」という道を模索することが大切だ

この点に関しては、かなり納得させられました。「先頭に立つ」という国際的な足場を可及的速やかに確立することは依然として必須であると考えておりますが、「解消しても安定は崩れないという条件を整える」ことが必須である点に関しては、大いに同意できると思いました。参考にさせていただきます。


>1.米国のプレゼンスの消滅

やはり台湾海峡だとお考えですか。筋としてはやはり中国の主張するように「国内問題」としてあつかうことが必要でしょうが、アメリカがそれを素直に飲むとはとても思えませんし、この点でどの程度日本が緩衝材となりうるのかという点が一つ。中国と台湾を、「平和的な統一」というかたちにソフトランディングさせる方向へどう促すかが一つ。
幾つか回路と案がありますが、具体的にはなってはいないので、ご意見を参考にさせていただきながら検討したいと思います。


>2.非同盟中立

確かに厳密な意味においての非同盟中立という国はもう存在しないかもしれません。ただ、「(アメリカを軸とした)集団的自衛権行使に参加しない」という意味においての非同盟中立という流れはASEAN諸国に確かに存在し、この流れを進める意図を明確にした国はアジア23カ国中20カ国に及びます。
もちろん、この表明を額面どおり受け取るわけには行かない側面もあります。南アメリカ諸国に起こりつつある動きなどと連携することも視野にいれながら、この流れを太く大きくしていく方法を探って行きたいと思います。



わたくしは、議員ではありませんが、小規模ながら政治に直接かかわる立場にある者です。党名を明らかにするとあざといので、ご想像にお任せします。「通りすがり」に近いようなHNで発言せざるをえなかったこと、エントリと比較的関係の薄い話題で議論を始めてしまったこと、管理人さまにお詫び申し上げます。
今回の一連の対話は、なんとなく始めたものではありましたが、示唆に富んだものであり、政策・方針を考えていく上で参考になりました。個人的にではありますが、補強された点が多かったように思います。ありがとうございました。

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ミケネコさんへ

>もしそうなら管理人さま、勝手に議論をはじめてしまい、ご迷惑をおかけしました。

いえ、ここは勝手に議論を始めるブログです。従って、その類の謝罪は、ここでは不必要悪ですので、無効とさせていただきます。(笑)


>やはり台湾海峡だとお考えですか。筋としてはやはり中国の主張するように「国内問題」としてあつかうことが必要

私も基本的には「国内問題」として扱う「方向性」を望んでいます。
武力統一は台湾海峡という、日本の対中東・対東南アジアのルートの安全航行が確保されなくなりますので、絶対に避けねばなりません。

ただ、台湾は、現在のところ国連とWHOのオブザーバー参加を求めている状態ですし、実態としても「独立国」、しかも経済大国としての独立国として存在している以上、純粋な国内問題として扱うことは、台湾民衆の感情としてどうかな、ということもあります。

ソフトランディングを目指すためには、何としても武力行使だけは避けなければなりませんし、また、台湾側に対する中国が「圧力」や「強圧的態度」もNGですが、台湾側が「中国はそれができない」と考えるだけの「保証の根拠」も具体的に必要だと思います。

これが、かつてのカンボジアやスーダン等であれば、国連決議によるPKOの監視等は可能ですが、中国が国連の安保理常任理事国である以上、『国連決議による台湾防衛』は難しいですから、個別安全保障としての日米との軍事的関係を「担保」として保持しておき、中国と台湾が「対等に話を行い、対等な条件で統一する」ということを目指していくことになろうかと思います。

>確かに厳密な意味においての非同盟中立という国はもう存在しないかもしれません。ただ、「(アメリカを軸とした)集団的自衛権行使に参加しない」という意味においての非同盟中立という流れはASEAN諸国に確かに存在し、この流れを進める意図を明確にした国はアジア23カ国中20カ国に及びます。

お説の通り、形式的にはASEAN諸国はアメリカとの軍事同盟は締結していません。「ASEANと日本」「ASEANとアメリカ」というように、経済はもちろん、安全保障の分野でも、企業における『業務提携のようなもの』で日本やアメリカとつないで、「対日」「対米」「対中」でのポジショニングをしています。
ただ、これは日米安保や日米豪の安全保障の枠組みを「前提」とし、これと「連携をとる」ことで機能させているわけです。
もちろん、ミケネコさんの仰るように、こうした「脱米国」の枠組みを、米国と対立しない形で日本も入って構築する方向性を模索していくべきだと思いますし、方向性としては、ミケネコさんのご意見には私も賛成です。(というか、反対する根拠がない、と言ってもいいと思います。)

>わたくしは、議員ではありませんが、小規模ながら政治に直接かかわる立場にある者です。党名を明らかにするとあざといので、ご想像にお任せします。

私は無党派ですから、ご心配なく。(笑)
与野党関係なく、反対のものは反対、賛成のものは賛成です。自民、公明、民主、共産、社民、その他も含めて、各々賛成するところもあれば反対するところもあります。
選挙でどこに入れるかは、そのときの状況によりけりですね。

私は「政権交代」は必要だと考えています。これは自公政権への批判からではなく、「ひとつの政党が長年にわたって政権内にいるのはおかしい」という考えからです。
自民と民主が、単独ではなく連立で交互に政権を交代するようになっていけば、少なくとも政治腐敗や不正はなくなっていくだろうと考えています。

>「通りすがり」に近いようなHNで発言せざるをえなかったこと、エントリと比較的関係の薄い話題で議論を始めてしまったこと、管理人さまにお詫び申し上げます。

このお詫びは撤回してください。思い切り関係があると思っているので、反論ではありますが、コメントさせていただきました。もし、お詫びいただくようなコメントであれば、ここまで返信いたしません。従って、お詫びは撤回していただきますよう、お願いいたします。
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地球温暖化の流れに逆行して、財布の中身は常に氷河期到来している、「生活は庶民以下でも、志は貴族」(←鈴木邦男氏・談)と、言える日は来ないだろうなぁ・・・。

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