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落選運動、もうやめよう!

注目の大阪府知事選。「注目の」という割りには、投票率が48.95%と半分を切っていたわけで、熱狂的な人気で橋下氏が当選した、とはいえないと思います。


さて、ネットでよく見かけたのは「橋下ネガティブキャンペーン」。
橋下氏の数々の発言から、「この人に当選して欲しくない」という人もいることでしょうが、それはそれぞれの「思い」の部分ですから、そこに介入するつもりはありません。


しかし、落選運動は実に滑稽な話でした。


『ラーメンは不味いぞ。健康に良くないぞ。』



落選運動を展開していた人たちは、ほとんどこれしか言ってないのです。

ラーメンを食べる人が80人、蕎麦を食べる人が10人、うどんを食べる人が10人いたとします。
「ラーメン食べるな運動」でラーメンを食べる人が半数減りました。さて、確実に予測できる結果は?
ラーメンを食べる人40人、蕎麦を食べる人20人、うどんを食べる人20人、パスタを食べる人10人、チャーハンを食べる人10人。
この可能性が最も高いわけです。なぜなら、あくまでも運動は、「ラーメンを食べるな」であって、「蕎麦を食べろ」「うどんを食べろ」というものではないからです。
いくら「ラーメンを食べる人」を減らしても、「蕎麦を食べる人が増える」「うどんを食べる人が増える」というのではない限り、「ラーメンを食べる人が最も多い」のです。

今回の大阪府知事選においては、「橋下入れるな」はよく目にしました。でも、橋下氏しかしらない有権者は、「橋下氏に入れるか入れないか」だけが選択肢なのであって、「熊谷氏や梅田氏に投票する」というわけではないのです。もっといえば、「橋下氏が信用できない」からといって、熊谷氏や梅田氏が信用されるわけではない。熊谷氏は熊谷氏として、梅田氏は梅田氏として、それぞれ有権者に信用され、期待されなければ、「熊谷氏に入れる」「梅田氏に入れる」ということはないのです。
「橋下氏は信用できる。でも、熊谷氏や梅田氏の方が信用できるし、期待できる。」というのであれば、「橋下支持」であっても「熊谷氏への投票」「梅田氏への投票」は十分起こりうるのです。

また、橋下ネガティブキャンペーンは、批判が府政に対する政策論(公約・マニフェスト)への批判ではなく、テレビ番組での問題発言等に終始してしまっており、「知事として適任かどうか」どころか、「本当に、それは『問題発言』なのか」という価値観の相違からくる批判だったことにも着目しなければなりません。落選運動を展開している人は、当然、落選の「理由」ですから、問題発言等を批判して「この人は知事にしてはいけない」と思うでしょう。しかし、その発言を支持する人は、「だから、この人こそ知事にしなきゃ」と思うのです。これについては、各々に長所も短所もありますから、「どちらが正しい」と一刀両断できるものではないと私は思います。

光市母子殺害事件の被告人弁護人に対する懲戒処分請求を煽ったことに関しても、本当に橋下氏の行為が不当極まりないものならば、懲戒請求があれだけ来ることはなかったでしょう。言い換えれば、光市母子殺害事件の被告人弁護人に対して道義的に疑問を抱いていた人が多かったことを示しており、橋下氏の行動は、「問題があると思うなら、懲戒請求ができる」と『懲戒請求ができることを知らない人に教えた』ということもいえるのです。(もちろん、不当な懲戒請求を煽った、ということもいえます。)

今年は、解散総選挙があるのではないか、と言われている年です。任期満了としても来年の夏には総選挙があります。「当選者1名」の小選挙区制においては、自分が応援する候補に票を投ずる人を増やすのが、そのまま、自分が落選させたい候補の票を減らすことになるのです。ネガティブキャンペーンではなく、自分が応援する候補を当選させる運動に専念し、有権者への支持を増やすことを考えることが、結果的に「当選させたくない候補へのネガティブキャンペーン」になることを知っておいた方がいいと思います。
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 近代選挙において、ネガティブ戦略が効果を発揮する選挙制度は、概ね小選挙区制度で立候補者が実質的に二人に制約されている場合が多いと考えられます。
ネガティブ戦略が盛んともいえる英米はいわゆる二大政党制であり、必然的に実質的一騎打ちの形態になっているからこそ、有効性が想定できます。
 あくまでも私見かつ独善的な論理ですが、現職候補でもない候補者のネガティブ運動にどれだけ説得力があるのでしょうか?
 仮に、現職相手へのネガティブならば、現職時代の実績などの問題で「政治的な評価」としてのアンチ理論は構築できると思います。これは、国政選挙などでも同じです。
 政治的理論を越えた領域でネガティブ行動することを否定しませんし、自分もやる人間ですが、その説得力は言うまでもありませんが、卑小です。
 日本人だけではないのですが、「弱きを助け、強くを挫く」というような価値観を想定するとネガティブ運動の効果は、よほど強烈なマイナス要因ではない限りは、効果がないでしょう。
 ただ、本件において憂慮するべき因子があります。
ネガティブ運動の結果が「棄権」「白票」という総得票率を逓減させる効果を目的としているならば、組織選挙として有効性があるでしょう。
 
 冥王星個人は、「落選運動をやるべきではない」とは思いません。
その条件としては、
・現職立候補者のケース
というのがもっとも妥当性があると思います。
もちろん、政治意思の自由はあるわけで、落選運動は絶対にNGではありません。
しかし、国民審査のような「落とすための政治意思の発露」ではない選挙システムでは、非常に意味を為さない・・という理解が無難だと思います。
それでもその効果は非常に卑小だと思います。

冥王星さんへ

え~~~、反論の余地がありませんがな・・・・。(号泣)

石原慎太郎知事に対する落選運動と、橋下徹候補に対する落選運動では、自ずからその性質が異なるのは、ご承知のことと思います。

石原知事は、2期の実績があり、「余人に換えがたい」四男のことや、横田基地上空を特別にフライトした「横田基地返還」公約がありますので、政治レベルでの実績から評価することができますが、橋下氏は、議員経験もなければ行政経験もないという意味において、評価することができないのは事実です。

しかし、橋下氏は、「起債ゼロ」をいきなり撤回しなければならないほどの不十分な研究しかしておらず、本気で府政をやろうとしたのか、という点においては、懐疑的にならざるをえないというのが私の考えです。

東国原知事との大きな違いが、すでに橋下氏には見えています。残念ながら、東国原知事の器量には遠く及ばない橋下氏ですが、ブレーンの整備や「若さ」でなんとか乗り切って欲しいものです。

衆議院の小選挙区制の下、ネガティブキャンペーンをしても、東南の選挙区では自民、民主の両候補者共当選します。あと一人、共産候補も立候補していますが泡沫といえる得票しか出来ません。
実質立候補者全員当選の選挙制度では投票に行く気もおこりません。絶対的に支持できる人がいない場合、当選して欲しくない人を落選さす為に投票に行くのも意義があるのにです。
県下の選挙区全て自民と民主が仲良く当選しています(当然一方は復活ですが)こんな選挙制度即刻改めるべきです。

どなたかは知りませんが

>衆議院の小選挙区制の下、ネガティブキャンペーンをしても、東南の選挙区では自民、民主の両候補者共当選します。あと一人、共産候補も立候補していますが泡沫といえる得票しか出来ません。

その「泡沫」といえる得票しか得られていない原因がどこにあるのか、それをきちんと精査すべきだと思いますが。
それも、小選挙区比例代表並立制の前、すなわち中選挙区制においてどうだったのか、も含めてです。

>県下の選挙区全て自民と民主が仲良く当選しています(当然一方は復活ですが)こんな選挙制度即刻改めるべきです。

では、どんな選挙制度がいいと考えているのでしょうか。
ちなみに、オーストラリアでは、ハワード首相は得票率40%ありながら落選しました。これは「小選挙区制」だったからです。その小選挙区制でオーストラリアは政権交代をしましたが、それを自公政権批判の方々は、みんな賞賛しましたよね。その矛盾を説明しない限り、説得力がないことをわきまえておくべきでしょう。

管理人さんへ

>その「泡沫」といえる得票しか得られていない原因がどこにあるのか、それをきちんと精査すべきだと思いますが

共産党の候補者は、我が選挙区のみならず、日本中の選挙区で誰一人として当選していない泡沫候補です。その原因は党にあるのは明白な事実ではないのですか?原因をきちんと精査すべきは、「共産党本部」の仕事でしょう。

>では、どんな選挙制度がいいと考えているのでしょうか。
ちなみに、オーストラリアでは、ハワード首相は得票率40%ありながら落選しました。これは「小選挙区制」だったからです。

小選挙区で40%で落選、大いに結構なことです。「小選挙区制」に問題があるのではなく、
「小選挙区比例代表並立制」に問題があるのです。一票差でも落選は落選です。それが復活して議席を得るなどという制度は、議員の既得権益を考えた、身分保障制度であり、選挙民にとっては好ましからざる制度である。

選挙制度は、小選挙区制であろうが、完全比例であろうが、中選挙区制でもそれは結構です。
衆議院と参議院の二院制を維持するなら、今のような類似した制度ではなく、全く異なった選挙制度にすべきです。参議院は定数100位にし、昔の全国区のような形一本が東南は良いと思っています。

>共産党の候補者は、我が選挙区のみならず、日本中の選挙区で誰一人として当選していない泡沫候補です。その原因は党にあるのは明白な事実ではないのですか?原因をきちんと精査すべきは、「共産党本部」の仕事でしょう。

共産党の候補者が当選しない理由が、選挙制度にあるのか党にあるのか、それを調べないと、どこにどう直すべき問題があるのか、問題提起すらできないと思いますが。


>「小選挙区比例代表並立制」に問題があるのです。一票差でも落選は落選です。それが復活して議席を得るなどという制度は、議員の既得権益を考えた、身分保障制度であり、選挙民にとっては好ましからざる制度である。

国会議員はどうあるべきか、という定義に関わる話なので、現行制度も全面的に否定されることではないと考えます。もっとも、すべての選挙制度がそういえるわけで、要するに「目的」に対する「手段」として選挙制度は考えるべきことです。
私は、「小選挙区比例代表併用制」が望ましいと考えています。


>衆議院と参議院の二院制を維持するなら、今のような類似した制度ではなく、全く異なった選挙制度にすべきです。参議院は定数100位にし、昔の全国区のような形一本が東南は良いと思っています。

その理由は何でしょうか?

選挙制度では完璧といえるものは存在しません。長短所のどこを主体として評価するか?ということが選挙制度の問題であって、選挙制度そのものの問題という理解構造は間違いでしょう。
選挙制度の個別の事例を挙げてなぜダメなのか?それはどうしてダメと言いえるのか?
というプレゼンなしには議論にはなりません。
ここのブログのコメント欄はヘタレというか「考えてない」ブログのコメントととは違うと思うので、少しは議論になる、意見になるような投稿に期待したいものです。

俺はこう思うんだ・・というレベルは小学生までのことです。今時期の小学生は「俺はこう思うんだ」のステージではない児童も多いのに

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地球温暖化の流れに逆行して、財布の中身は常に氷河期到来している、「生活は庶民以下でも、志は貴族」(←鈴木邦男氏・談)と、言える日は来ないだろうなぁ・・・。

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