スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「責任」の区別がつかない厚労省

薬害肝炎裁判の和解案について、国側が提示した「30億円の基金」について、原告側が「飲めない」という声明を発表した。第二次和解案の提示を原告側が裁判所に提示、裁判所の仲介で国ともう一度協議することになる。福田首相もその点は了承しており、まだまだ終結には至らないであろう。

司法判断は「法的見地からの判断」であって、これには「故意過失」「時効」、それ以外に行政の作為不作為による責任を「法に基づいて」判断するのであるから、必ずしも原告側が求める判断に至るというわけではない。
この点、原告側には厳しいが、「その時点での政治的判断の妥当性」について、道義的・政治的責任はともかく、「予見性」に関わることに法的責任が問われるのであれば、「結果が悪ければ刑務所・賠償」といったこととなり、「じゃ、君はできるのか?」と反問されれば言葉を失う。それゆえに、過去の政治判断については、事後に法的責任を問うのはナンセンスである。

今回の大阪高裁の司法判断の判決理由については、また別の議論になるが、ここで「和解勧告」をした、というのは、ひとつの司法における見識としては高く評価できる。
納得いかない人は厳格な判決を求めるであろうが、「和解」ではなく「厳格な判決」となると、法的責任のみの対処で政府は逃げることが可能になるばかりでなく、「判決が下るまでは何もしない」という選択を政府がとっても、非難しきれないのである。よって、被告側の良心に基づいた「法的責任を超える範囲で、原告側にも納得を得られる具体的な和解案の提示」を国側に求めた意味において、「和解勧告」というのは賢明な判断であったろうと、私は高く評価している。

福田首相や舛添大臣は、裁判所から「法的責任を超える、原告が実質的に救済できる案を提示して、原告側が納得できる措置をしてくれ」と暗示されたにも関わらず、その意味と意義を十分理解した和解案にならないものを「政治判断」として提示したことは、政治的・道義的な責任を免れることはできないのみならず、「行政の責任」を自覚できていないのではないだろうか、と私は考えている。
行政の責任とは、国民の権利利益を保護し、生命財産を保障することにあるのであって、「法に従っていればそれでよい」というものではない。確かに、日本は法治国家であるから、「法にないものはやってはならない」。しかしながら、「法の不備のために生じた国民の生命財産の侵害」については、その救済のための法案成立を立法府に求めることが内閣には許されているはずである。また、国会の事後承認を経るという条件で、暫定措置を講じるという手段もあるであろう。

第一、「30億円の基金」の存在意義が理解不可能である。
この「30億円」とは、いかなる意味での「基金」なのか。この範囲で治療・療養を行えというのか、それとも、事実上の賠償としての給付として設置されるものなのか、それが明確ではない。
前者であるならば、これは「そもそも、特措法的な措置を実際に講じる(=現物給付)ための予算」としてなされるものであり、「基金設置以降の措置」がなければならない。
後者であるならば、「国や企業が法的責任を負う範囲は基金の除外」でなければならない。なぜなら、「責任を負う範囲」は、「基金」ではなく「別枠での賠償」でなければ責任を果たしたとはいえないからである。

そもそも原告は、基金の設置を求めたわけではない。もっといえば、「法的に正当性があるない」ということなど、原告にとっては問題ですらない。国に政治的・道義的責任を認め、治療や療養等を実際に無償給付する、生活の保障を行う、こういうことが実施できるスキームや施策を求めていたのであって、賠償や補償は二の次であったはずである。

これについての「政治的判断」が、本来、福田首相や舛添大臣に課せられた課題であって、この記者会見で述べられた構想は、原告が到底飲めないものであることは言うまでもないであろう。

私が首相・厚労大臣であるならば、

1.「C型肝炎患者生活保護・療養等特別措置法」を、緊急に国会審議にかける。
2.それまでのタイムラグを、事前または事後の国会承認を経ることを条件に、最低限、無償での治療・療養を政策的に行う。
3.これ以降の様々な薬害問題に対処するための恒久法として、『薬害患者生活保護・療養に関する法律』(仮称)を、時間をかけて国会審議を行い、成立させる。

こういうことを記者会見で発表したでろうし、そうすれば、原告側も納得できたのではないだろうか。


ただ、あくまでも法的責任を問う愚かなブロガーに忠告しておく


法的責任と政治的責任は別である!!


これを別にしなければ、法治主義が瓦解する。「人権や平和の観点での解釈をしなければならない」的な発言は、「その定義が何ぞや」ということが定まっていない以上、ナンセンスである。この私の発言を否定するならば、その者は、もはや民主主義ではない。独裁主義者であり、各種ブログから抹殺されなければ、健全な言論の自由を維持することはできない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

はじめまして、わくわくさま。

お玉さんのブログから、飛ばさせてもらいました。

わくわくさまの見解に同意です。
福田・枡添の頓珍漢な政治センスと、それを叩く方々の目的の見失いっぷりには、あきれてしまいます。
プロフィール

わくわく44

Author:わくわく44
地球温暖化の流れに逆行して、財布の中身は常に氷河期到来している、「生活は庶民以下でも、志は貴族」(←鈴木邦男氏・談)と、言える日は来ないだろうなぁ・・・。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ全記事表示

全ての記事を表示する

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。