スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いいぜ、いいぜ!森永卓郎!

思想的には相容れない森永卓郎さんですが、こういう方は大好きです。

「自衛隊を廃止して、もし攻められたら?」という質問に「おとなしく殺されましょうよ」「あんな奇特な民族もいたんだ、でいいじゃないか」

「金融資産に課税して、海外に資産が逃げたら?」という質問に「そんなヤツは出て行けばいいじゃないですか」

いいね、いいね、すんごくいいね!!森永卓郎!! 実に思い切っています。

誰かさんのように「非武装の国家を攻撃すると、国際的非難を浴びる」だとか「以前は高い税率だったけど、日本国内に残っていたじゃないか」という、言論の自由で認められないレベルの暴論など、森永氏は吐きません。
誰がどう考えたって、自分の身が危うくなければ、平気で躊躇なく攻撃するし、「資産を海外に移してもOK」なら、税金の安い方に資産を移すに決まってるじゃないですか。


『リスクをあえて背負うよ』


こういう覚悟がない人間が、国内政治、国際社会を批判的に述べたり、教育基本法改定反対など求める思想信条、感情、感性、態度を持ってはなりません。
リスクを背負う覚悟もないくせに、私の言動に対して批判したり、ストレスが溜まったり、コメントを拒絶したり、コメントを削除するっていうのは、「魂のステージが低いということを自覚しなければなりませんし、また、その自覚がないのに「自由」「権利」を唱えるのは、自由や権利をこの上なくバカにしているわけなんですけど、そういうことはおそらくわかっていないんでしょうね。やはり日本は封建社会に戻さなければならない。ということを否定するものがないのでしょう。この愚かな人たちのためだけに。


日本人に民主主義、日本人に人権と自由は、


『ブタに真珠』


私の行動に嫌悪感を抱く人間が1人でもいる時点で、この言葉を微塵も否定できないわけですが、実に由々しきことです。



すぐにこの暴論は削除しますので、読むのはお早めに。(笑)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

ある種の理論武装家の問答だと

Q「自衛隊を廃止して、もし攻められたら?」
A「国民が決起して武装するニダ!攻められたらパルチザンニダ」

Q「金融資産に課税して、海外に資産が逃げたら?」
A「おっかけて略奪するニダ。金融資産など敵だ!」

なんちってW

覚悟というか、主張に対する責任意識でしょうね。
どこかで矛盾した姿勢を平然と持っているよりは、潔いわけですが、そうそうここまで整理できないのが、現実でしょうがW
もっとも、整理しきって独善に走って第三者に迷惑かけるようでは・・というオチもありますが

魂のステージの低い冥王星は、ここまで潔い態度はできません。どこかで矛盾を抱えてそれを認めた上で整合性あるスタンスになるために、問答し、葛藤するわけですが、回答は・・遠い目

冥王星としては、本心で回答したとは思えないので、こういうのは「あっそ」というスタンスだったりします。
持てる者である森永氏がどれだけ主義・信念のために、己を捨てれるのか?というのは見ものですがW



冥王星氏へ

>持てる者である森永氏がどれだけ主義・信念のために、己を捨てれるのか?というのは見ものですがW

それだけは言わなかったのに・・・。(笑)

防衛省も自衛隊も要らん!

アレキサンダー大王の東方遠征で、彼らがインド亜大陸に入って直ぐ、進軍せず
引き返した理由は「アレキサンダーの部下の疲労困憊」だとされているらしい
のだけれど、実際に現地に伝わっている伝承は全く違う。

と云うのは、ある時、兵を進めていたアレキサンダー大王の前に一人のインド人
の僧が寝そべり、道を塞いでいたのだそう。
で、彼にアレキサンダーがこう叫ぶ。

『オレ様を誰だと思っているのだ? かのアレキサンダー大王だぞ。道を空けんかぃ!』

でも、武器を突きつけられ恫喝されたインドの僧は怯むどころか、彼らを見て大きく笑い
出したのだと云う。

そして、それを見たアレキサンダー大王は部下にこう告げた。
『こんなにも高い精神性を備えた民族を、我々は侵攻し支配する事は出来ない。引き返えそう。』

勿論、アレキサンダーは元々人間的な素養、物事の核心を見抜く力に長けていたんだろうけど、
ただ、この逸話を「軍事力をもって防衛とする」事を信じて止まない幾千万の人達に是非聞いて、
そこから学んで貰いたいと私は思う。

また或いは、幕末、欧米列強の植民地ならずに済んだ日本。

圧倒的な軍事力の差にも関わらず侵攻を免れた大きな理由は、伊能忠敬の作成した日本地図、
伊能図の精巧さを知った、欧米人の日本文化への畏れがあったからだと言われている。

つまり、インドにしても日本にしても(こんな言葉を使うのは虫酸が走るが)
「国を守ったのは軍事力ではない」と云う事だ。
言い換えれば人間の力、人の「魂の力」が 攻撃者の心を変えたのだ、と云う事!

しかし、それでも外国から攻撃されたらどうするのかと、軍隊保持論者は言う。

だが、私は言いたい。

あんたらが「外国の脅威」に恐れおののきオシッコをチビりそうになっている今この時にも、
沢山の助けを必要としている人達が居るではないか。

病気の人老齢の人、行き倒れている人、学びたくても学校に行けない人…膨大な社会的に
弱い立場の人達が相応の援助を求めて、待っているんじゃないのか。

そして一方で、毎年何兆円と軍事力に注ぎ込まれるカネ。そのカネがあれば、
本当に沢山の人達の幸せに、大きく貢献出来る筈なのに何故、それをしないんだ!?

「他国の脅威と云う自分の中の恐怖」に寄りかかって、直ぐ近くにある他人の困窮、叫び、
苦しみに眼を閉じ耳を塞ぐ事。それって大変なエゴであり、利己的な人生だと思わないのか?

軍事力がミサイルを防ぐんじゃない!
防衛省も自衛隊も、要らない。

必要なのは高い精神性、人間の純粋な力を引き出させる教育と、大人の自覚。

また、そういう精神性に重きを置く社会に同調する事の出来るマスメディア。
彼らは非常に重要だと思う。

「自己犠牲」とは、戦闘機に乗って艦船に突っ込む事じゃないんだよ…(笑)

あえて晒しました

imacocoさん。私のことをかなりとやかく言っているようですが、あなたにストレートに返答します。

『一度、日本はどこからか先制攻撃を食らった方がいいですね』

一瞬のうちに、あなたの論は破綻するでしょう。

お玉おばさんとこから来ましたが、たいしたblogですね。
リスクを背負わない者に発言権はないというのはいかがなものかとは思いますが、正面切っての論争から逃げるのに卑怯な手を使う奴は、少なくとも教育分野からは消えて欲しいですね。

政治分野だと、すぐやられるんで対策不要w

>圧倒的な軍事力の差にも関わらず侵攻を免れた大きな理由は、伊能忠敬の作成した日本地図、
伊能図の精巧さを知った、欧米人の日本文化への畏れがあったからだと言われている。

残念ながら虚飾です。まずその伝承が捏造されている可能性が高いようです。
現実、測量家として彼の業績は過去の日本の地図の精度からすれば驚くレベルとは言えると思います。
まず、海岸線を描いた地図としては多くの軍人が評価する部分ですが、内陸部の測量は杜撰極まりなく後世当人が修正を加え、その修正に関しても別人が修正するという状況になっておいます。それに、当時地図という重要な情報を得ていたのは限られた為政者しかいません。シーボルトが持ち出した写本に関してもあくまでも日本国内でもっとも精度の高い地図でしかありません。その評価をしたのも測量家ではありません。ペリーなどの軍人であります。
(ぶっちゃけ言えば、手間隙かければこの精度の地図は当時の欧米でもイスラム社会でも出来ないわけでもない程度という評価がある程度です)言い換えれば、日本という島国だからこそ実現できただけの地図とも言えます。

>「国を守ったのは軍事力ではない」と云う事だ。
言い換えれば人間の力、人の「魂の力」が 攻撃者の心を変えたのだ、と云う事!

結果論を言えば、どんなに地図が精巧で文化的優位性があろうと国防には寄与しない部分が歴史が証明できるでしょう。
ビザンツ帝国は文化的劣勢ともいえるオスマン・トルコに破れ、西ローマ帝国は、辺境民族であって未熟な文化のゲルマン民族に駆逐され、十字軍では文化文明水準の高いイスラムはたびたび聖地イェルサレムを奪われました。(文化、文明の評価はより現代文化、文明に近いものを優位と評価した示威的なものですが)
以下のように文化の畏怖が国防に寄与しない事例は山のように指摘できます。

>そして一方で、毎年何兆円と軍事力に注ぎ込まれるカネ。そのカネがあれば、
本当に沢山の人達の幸せに、大きく貢献出来る筈なのに何故、それをしないんだ!?

その幸せを維持するために必要なのは、様々な権利や権限であり、それは国権や国家の行政サービスなどに依存するとも言えるからです。
生命と財産の保障なしに幸福が得られる人もいます。しかし、生命と財産の保障があって初めて幸福を感じれる人が多く、その合意形成があるから、国家でもあり、国家を維持するために国民を守り、その国民を守るために、その国民の権利を守るために、武器、軍事力、暴力手段があり、その権利も認められているだけのことでしょう。

>「他国の脅威と云う自分の中の恐怖」に寄りかかって、直ぐ近くにある他人の困窮、叫び、
苦しみに眼を閉じ耳を塞ぐ事。それって大変なエゴであり、利己的な人生だと思わないのか?

人間は根本的には利己的なものです。他人を救済することで自己満足を得ている・・・という構造も利己的なものだと判断できます。もっといえば、劣勢な人間をみて己の優位性を再認識するために自己満足行為を行う人もいます。動機の問題ですがね。
苦しみを聞いたとして、それを救済する義務はありません。己の権利を主張する自由がある以上は、他者を軽んじる言動は道義的な領域であって、第三者に糾弾されるものではないでしょう。
むしろ、「おまえは救う気がないのか!」と糾弾するならば進んでできることをやるべきでしょう。他人に何かを求める前に、自分が何をしているのか?という問題提起ができる人になりたいものですが、他人には厳しく自分には甘い・・そんな人が多いようです。

>必要なのは高い精神性、人間の純粋な力を引き出させる教育と、大人の自覚。

何をもってして精神性の「高低」を判断するのでしょうか?人間の純粋な力を引き出すとは何を意味するでしょうか?とても判断に困ります。
大人とは思えない「大人ぶってるだけ」の人間の言う「大人」とはどのようなものでしょうか?知りたいものです。

「自己犠牲」とは己を犠牲にして何を為す、為そうとすることです。特攻がなんらかの結果を誘導する以上は、自己犠牲とも判断できますが、「できない」という理由はなんでしょうか?サッパリ不明です。

総じて評価すれば、妄言というしかないでしょう。精神性の問題などを論じる以前の人間性の領域の問題もあるかと思います。
少なくとも、これも感想文という部類にしかならないものでしょうし、論理性はまったく構築されていません。当然、説得力は皆無でしょう。
なるほど、晒すだけの価値はあると思います。

文末に
この「ぶさよでいっく」という方の発言は第三者の冥王星には分からないけど、どういう意味なのかな?と思います。
プロフィール

わくわく44

Author:わくわく44
地球温暖化の流れに逆行して、財布の中身は常に氷河期到来している、「生活は庶民以下でも、志は貴族」(←鈴木邦男氏・談)と、言える日は来ないだろうなぁ・・・。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ全記事表示

全ての記事を表示する

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。