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豊かになった日本

参議院で問責決議が現憲法下で初めて可決された。しかし、衆議院で信任決議がなされ、問責の意義は失われた。そして、後期高齢者医療保険廃止法案の質疑は、共産党を除いては審議拒否によってストップしています。

以前、ガソリン税の暫定税率が期限切れで喪失され、たった1ヶ月で衆議院の再可決により復活し、さらに一般財源化の福田首相の声明を疑うような、与党の法案が成立してしまっている。

「ねじれ」自体は悪くはない。上院と下院で同じ構図であったとき、参議院は「衆議院のカーボンコピー」と揶揄された。それもそのはずである。衆院で可決したら、参院で否決されることどころか、修正されることすら、ほとんどなかったからだ。上院と下院で緊張関係が保たれ、互いに暴走することを防ぎ、政府に圧力をかけるという意味においては、「ねじれ」はむしろ好都合であり、国民にとって利益になる。

しかし、「ねじれ」は、党利党略・政局絡みという意味において、国民によって緊急を要するものが「道具」として扱われ、本当に救済しなければならない人が救済できないといった「悪用」という副作用も惹き起こす。後期高齢者医療廃止法案の野党審議拒否は、まさにそのケースである。

だからと言って、首相官邸が国民に向いた政策をやっているかといえば、「いつまでガソリンを値下げしてるんですか?」というおバカな応援演説をした総理大臣をみれば、一目瞭然であろう。
中国の四川大地震においても、官邸や防衛省まで「想定していなかった」のみならず、在日中国大使館が何の連絡も受けていない「自衛隊派遣要請」、現地の軍司令部なのかどこかはわからないが、本来、北京の日本大使館か在日中国大使館を通じる、つまり、外交の正規ルートで支援要請をされるはずのことを、その確認もしないままに大慌てで準備をし、そして急に「取りやめ」になった愚劣さは目を覆うばかりでもある。

話はずれるが、よく「政府は自衛隊を派遣したかったのだろう。」という論調があるが、これは100%間違いであると断言してもよい。もし、派遣したかったのであれば、地震発生時に、水面下で調整が行われ、同時進行で緊急援助隊の物資も調達され、内閣官房長官が公表したときは、すべて準備が整い、すぐにでも派遣が開始される状態であるからだ。軍の行動、しかも外国からの要請による行動で、根回しなしに公表して動くということは、国防の意味からしてもマズイことであり、官邸がいかにアホであっても、制服組がしっかり整えているものである。
よって、テントや毛布の調達に手こずっていたというのは、そもそも官邸も防衛省も「要請もないだろうし、今回は自衛隊はないな」と思っていたと想像するしかない根拠である。

話を元に戻す。
ここまで国政が停滞し、年金や保険といった社会保障や、物価高に伴う経済不況と家計負担の増大といった、国民の身近な問題に何ら有効な手を打てないならば、普通に考えれば、国会を取り巻くデモが発生したり、それこそ全国的なムーブメントで抵抗運動が起こるはずである。実際、原油高や小麦相場の高騰が原因で、首都や大都市で暴動が発生した国もある。
これが、日本においてはほとんど見られない。一部にデモ行進があるようだが、交通渋滞を惹き起こす程度で、参加者も少なく、社会不安を招くようなムーブメントにはなっていない。


では、なぜ、こんなにおとなしいのか。
そのヒントは、実は日本社会で、昨年や一昨年話題になった「敵対的TOB」にある。

実は、「敵対的TOB」は、企業買収と売却の本場・アメリカですら、ほとんど成功したことはない。

敵対的TOBは、現経営陣の総退陣と新経営陣の就任という、経営層の劇的変化をもたらす。企業戦略や事業計画の大幅な見直し、組織の大改編のみならず、トップマネジメントの総入れ替えが行われるわけだから、企業風土の変更にすら大々的な影響を及ぼすこともある。

これらのことは、現場の従業員のみならず、ステークホルダーにとって、『本当に良くなるのであろうか』『本当に変わるのであろうか』『何がどう変わるのだろうか』『自分たちはどうなってしまうんだろうか』という不安定要素のリスクが満載なのである。

人々が不安定要素のリスクを受容するときは、その不安定要素のリスクを受容してでも変化がなければならないほど、今現在の状態が悪いと認識しているときしかない。どんなに状況が悪くても、将来が比較的予測され、その予測が「苦しくなるなぁ」という程度の認識であれば、不確定要素の持つ恐怖よりはまだ「マシ」なのだから、「現状維持」を選択するのである。


もうひとつ、大改革を人々が受け入れるケースがある。それは「将来の予測が、今現在と比較にならないほど明るい未来」と人々が信じる場合である。60年安保などの全共闘世代は、むしろ、こちらが活動のモチベーションであった。マルクス主義を導入したり、あるいは非同盟中立路線を日本がとれば、自分たちは平和で明るく、自由で人権も保障された豊かな社会で生活することができるであろうと、考えたのである。

ところが、このケースは、実社会で働くうちに「幻想」であることに気づかされ、そして、旧ソ連の崩壊や中国の経済自由化といった外部要因と、高度成長に伴う「想像以上の快適な生活」という『現実』に、自分たちの描いた方法論や社会のあり方が「間違い」であったことに気づかされたのである。


現状、一部のブロガーが盛んに自公政権打倒や共産党を中心とした政権の樹立、あるいは共産党や社民党の議席を劇的に増やすことを希望しているわけだが、現実問題として、自民党の得票率は、比例区ですら、社民や共産と比較すれば、最低でも3倍以上なのである。

一部のバカブロガーが「共産主義のイメージが悪い」「『共産党』という名前が悪い」と言っていたり、「イメージで政治はできない」と反論しているが、どちらも「間違い」である。
私は自民も公明も支持していないし、現政権を特に支持しているわけではないが(つまり、私は不支持率にカウントされる考え、ということ)、このままでは、悪いが民主の左派も社民も共産も、大多数の国民の「不支持」の増加はあっても、「支持」の増加はない。

『政権与党を肯定的に評価し、支持政党を批判的に評価する』マインドを持った上で、政権与党を批判し、支持政党の政策を支持し、それを訴えていくことは絶対に必要である。それができなければ、残念だが、ただのマスターベーションで一生を終えることになるのである。
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痛い人の香ばしいコメントについて

痛い香ばしい人の私に対するコメントである。
ちなみに、私は共産党支持者でもなければ、むしろ共産党に対して批判的な立場にあり、選挙に際しては、共産党には一度も投票したことがない。(自民か民主にしか投票する気はない。しかし、いわゆる「二大政党制」の支持者というわけでもなく、マイノリティの意見反映の場は必要と考えるものである。)

しかし、認識の誤りや嘘を前提に批判したり非難するのは、言論の自由を冒涜する最大のものであるため、「政策や思想が絶対に相容れない共産党」ではあるが、これを正しく評価したいと思う。

http://kinpy.livedoor.biz/archives/51393540.html#comments





おっ。「自由と民主主義の宣言」を読んだのですね?大企業の国有化を明記していたでしょう?共産党の公式文書ですからね。そして、わくわく44さんもご存知のように、国有化は有償没収、無償没収で実現することが通常です。国家権力を発動するということですね。経済の社会主義化にあたって大企業の国有化が必要な場合には大企業の国有化を実現する、というのが共産党の公式方針です。普通は、国有化ですから有償没収または無償没収するだーと認識しますね。ちがいますか?それ以外にどんな方法で大企業を国有化するのですか?わかりますか?わくわく44さん。少なくとも東西の言う無償没収をしないとは明言していないですよ、共産党は。





何がどう香ばしいのか、解説してみるとしよう。



国有化は有償没収、無償没収で実現することが通常です。国家権力を発動するということですね。

まず無償没収は「ありえない」。
これは、株主の株式を強制的に取り上げ、しかもその対価がないということで「財産権の侵害」は免れない。また、株主が日本人に限定されているわけではなく、海外市場での株主についてどうするのか、これが問題として残る。従って、無償は絶対にない。

次に有償没収だが、日本の大企業の場合は「ありえない」。理論株価の算定方式はいろいろあるが、買収のための予算を確保することは、今現在の財政状況では不可能であろう。また、買収に応じない株主への扱いも問題となるわけだが、土地建物のように、現物での所有権があるのならばともかく、デイトレードやFX取引等、「ある時期に取引をストップしない限り、株主の特定ができない」可能性は否定できず、このため、土地収用法のような法整備も現実的ではないであろう。



普通は、国有化ですから有償没収または無償没収するだーと認識しますね。ちがいますか?

上記の理由により「違う」という言葉しかありえない。
もっとも、このブロガーは「普通は~と認識します」としているが、このブロガー自身普通ではない愚か者なので、このような断言は間違い以外のなにものでもないことはいうまでもない。



経済の社会主義化にあたって大企業の国有化が必要な場合には大企業の国有化を実現する、というのが共産党の公式方針です。

これについては、「自由と民主主義の宣言」の該当部分を引用していないこのブロガーのバカさ加減が出ているので、私が代わりに引用する。




社会主義日本では、大企業の手中にある主要な生産手段は、社会全体の所有にうつされ、私的な利潤のためではなく、社会と国民のための生産が経済活動の原理となる。労働者は企業管理、運営への参加で積極的役割を果たす。こうして、生産力をむだなく効果的に活用する社会主義的計画経済によって、すべての国民にこれまでになく高い物質的繁栄と精神的開花が保障されるようになる。

 日本における経済民主主義とその拡大、社会主義への前進のなかでは、人間尊重の立場にたって、国民を老後や病気の不安から解放する総合的な社会保障制度の確立が、最優先の国策となる。社会主義日本では、医療費は全額国庫の負担ですべての人に無料化され、年金も老後の生活を十分保障するものに充実し、教育費は大学まですべて無料とされる。

 また、住宅、学校、病院をはじめ国民が健康で文化的な生活をいとなむのに必要な公共施設は、国と地方自治体の責任で計画的に建設され、この分野での国民生活の困難は、急速に解消される。

 独立・民主日本はもちろん、社会主義日本に移行した段階でも、勤労者の私有財産は保障される。経済の社会主義化にあたって、国有化が必要となる場合にも、その対象となるのは、大企業の手にある主な生産手段だけで、勤労者個人の生活に使う財産――生活手段の私有は、否定されるどころか、家屋や生活に必要な土地をふくめて保障され、社会の発展とともに、すべての国民が生活手段をより豊かにもてるようになる。

 日本のように高度に発達した資本主義国では、大企業の手にある主要な生産手段の社会化が、経済の社会主義化への決定的な歩みとなる。

中小商工業や農業、中小漁業などの部門では、私的所有と私的経営が広く残され、国民経済におけるその積極的役割が尊重される。これらの部門での社会主義化の主要な形態としては、協同組合化が予想されるが、そのさいにも、けっして共同化をいそがず、当事者がその方が利益になると考えて共同化を求めるときに実行するという、自発性の原則を厳重に守り、無理に押しつけるやり方はとらない。

 独立・民主日本でも、社会主義日本でも、日本の高い生産力、国民の高い教育水準と労働意欲を活用し、公害のないつりあいのとれた経済発展によって、国民の求める多様な商品を生産し、衣食住のすべてにわたって国民生活を豊かにする。商品も豊富で、質をよくし、サービスも心のこもったものに改善し、個人個人の商品選択の自由は、広く保障される。

 社会主義日本では、農漁業・中小商工業など私的な発意を尊重するとともに、計画経済と市場経済とを結合して、弾力的で効率的な経済の運営がはかられる。

 社会主義的計画経済は、生産力をむだなく効果的に活用して、国民生活と日本経済の豊かな繁栄を保障するための手段であって、国民の消費生活を統制したり画一化したりするいわゆる「統制経済」は、経済民主主義とも、社会主義日本の経済生活とも、まったく無縁のものである。

(日本共産党中央委員会ホームページ 『自由と民主主義の宣言』より)
(色づけ等加工部分は、「うない発言絶賛発売中」編集者による)




あくまでも共産党が目指すのは、「生産手段の『社会化』」である。
国有化はその方法論の1つでしかなく、しかも「国有化が必要となる場合にも」と、国有化はあくまでも「仮定」の話である。つまり、
仮に、大企業を国有化するようなことになっても、「勤労者個人の生活手段のための財産は私有化する」という最低限のラインへの保証を示したもの、と解するべきであって、特に国有化すると言い切っているわけではないと考えるのが、普通である。つまり、大企業の国有化は、共産党の「公式方針ではない」と考えるのが妥当、ということになる。

これを示す根拠としては、「商品も豊富で、質をよくし、サービスも心のこもったものに改善し、個人個人の商品選択の自由は、広く保障される。」「国民の消費生活を統制したり画一化したりするいわゆる「統制経済」は、経済民主主義とも、社会主義日本の経済生活とも、まったく無縁のものである。」の2つの文章が列挙できる。
新商品の開発や消費サービスの改善に関するモチベーションは、純粋に社会的貢献意欲のみで惹起するものではない。競争社会において、消費者に「いかに選択されるか」という日々の追求がそれを惹起する原因の1つとしてある以上、共産党のこの主張を実現するならば、原則的には多種多様な企業が自由に創業され、自由に生産・営業活動をしていることが望ましい。もちろん、結果として規模が大きくなり、大企業へ進化することもあろう。規模が大きくなった途端、無理に国有化されるということが決定事項となってしまっては、当然のことながら進歩に対する意欲の低下の原因となる。共産党も、そこまでのことを知らないおバカ政党でもなかろう。もっとも、東○南北のような、おバカ支持者は別だが。



どんな方法で大企業を国有化するのですか?

「所有者」という意味での「国有化」を行うのであれば、各企業に強制的に国を引受先とした第三者割当増資を行わせることになる。国が筆頭株主あるいは、いわゆる「拒否権」を行使させない最低所有数である1/3超の株主となる形で、事実上の国有化を図ることになるであろう。
ただし、国策で強制的に増資させられるわけだから、当然1株あたりの価値が下落するので、株価が下がる危険性はある。こうなれば、国の買収策について、「有価証券評価損」を計上し、損失分は国民の負担として処理されねばならない。

予算ゼロ政策で実施するならば、買収を予定する企業に関する特別法の制定である。生産や取引について国の承認制あるいは許可制を設定することになると思う。官僚との癒着を防止するならば、国会審議を経ての承認ということをするかも知れない。現在のNHKの予算承認制に近い形に落ち着くという予測が最も現実的であろう。

とはいうものの、物理的に独占寡占せざるを得ない公共財や、相手が地球そのものという資源に関するもの以外は、末端まで計画経済・統制経済でもしない限り、商品アイテム自身が多様化している現在においては、まさに需要と供給の一致など神業以上の至難なものとなる。共産党も末端部分については市場経済を唱えているのだから、それに応じるべき生産部門も、市場経済が原則となるのであって、大企業全般を社会化したり国有化することはできない。最大限、労働基本権の更なる保護や環境対策、経営権や株主総会への何らかの形での介入ということで「できるだけ社会化」ということにならざるを得ないのではなかろうか。
私は共産党員でも共産党支持者でもないので、詳しいことはわからないが、おそらく共産党の中央は、そのあたりでの「落としどころ」を探っていくことを想定しているものと、私は考えている。
プロフィール

わくわく44

Author:わくわく44
地球温暖化の流れに逆行して、財布の中身は常に氷河期到来している、「生活は庶民以下でも、志は貴族」(←鈴木邦男氏・談)と、言える日は来ないだろうなぁ・・・。

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