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不思議な経験

 あるとき、知人の葬式に参列したことがあるのですが、喪服姿の人が仏壇(らしきもの)の前で、数人がお経を唱えていて、「あれ?お坊さんいない・・・。」と不思議な思いをしました。
隣の人に聞いたところ「創価学会です」と返答されました。
 よくよく見れば、「南無妙法蓮華経」って言っていましたから、確かに私が慣れている宗派とは違っていたんですが。

 私は、先祖代々、浄土真宗です。浄土真宗のお寺の檀家でもあり、葬式にはお坊さんがいるのが当たり前ですし、お経は「南無阿弥陀仏」です。


『当たり前のことが当たり前ではない』


 同じ日本国内でも、こうした違いがあるわけですから、世界・国際社会で価値観が違うというのも、また、むしろ当然のことなんだなぁ、って思ったものです。
 ただし、浄土真宗のお寺の住職さん、お孫さんに「クリスマスプレゼント買わないとなぁ」と言っていたぐらいファジーです。生活にあまりに密着しすぎていて、逆に信仰心が薄れている、ということですね。

 余談ですが、私、『聖教新聞』というのが、キリスト教関連の新聞かなって、高校のときまで思っていました。地域的に創価学会の人が皆無なので、聖教新聞という名前は知っていましたが、見たこともなければ読んだこともないわけで、「聖」という文字で思い込んでいただけです。ちなみに、共産党もほとんど目にしないほどのマイノリティな存在です。
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地球温暖化の流れに逆行して、財布の中身は常に氷河期到来している、「生活は庶民以下でも、志は貴族」(←鈴木邦男氏・談)と、言える日は来ないだろうなぁ・・・。

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